鉄とともに、いつまでも残る風景を
NEIGHBOR FOOD PLACEの店内で、ひときわ目につくアイアンのパーテーション。さらに、サインやモニュメント、野菜の販売ラックなどを制作したのは、勝田台で鍛冶工房「Metalsmith iiji(メタルスミス・イイジ)」を営む伊藤愛さん。今や日本では珍しい鍛冶屋になるまでのストーリー、そして伊藤さんが地元で制作を続ける理由とは?
西洋鍛冶は「すべてのものの一部」になれる
店舗の看板や家の表札、フェンスに手すり、家具の脚に至るまで。工房でつくれるサイズであれば、鉄を打ってあらゆるものをつくる。それが、伊藤さんが生業とする「西洋鍛冶」の仕事だ。
子どもの頃から、ジュエリーデザイナーになるのが夢だったという伊藤さん。工芸科のある高校へと進み、美術史の授業で出会ったアール・ヌーヴォーに魅せられ、ロンドンへの留学を決めた。しかし行ってみると、自分が学びたかった分野の勉強ができず、別の大学へと編入したのだそう。
「その大学には鍛冶の授業があって、そこで初めて鉄を叩いたら、あまりにも面白くて。夏休みに同級生がデザイン会社にインターンに行くなか、私は鍛冶屋さんにメールを送ったのですが、どこも門前払い。その中で唯一返事をくれたのが、のちに師匠となる方でした」
修業先は、ロンドンの南にある小さな村。家には必ず暖炉があり、フェンスや門のサイズも家ごとに異なるヨーロッパでは、鍛冶屋はどの町にも一軒はある比較的ポピュラーな職業。オーダーメイドのほか修復も手がけるため、ニーズがあるのだそう。
「日本の鍛冶屋さんというと刃物や農工具のように道具に特化していますが、西洋鍛冶は教会建築がルーツで、街の景観や日常生活の一部になりうるもの。鉄は職人の一生よりもはるかに長く生きるし、すべてのものの一部になれる。当たり前にある風景に自然と溶け込むのが、西洋鍛冶の究極ですね」
NEIGHBOR FOOD PLACEに愛されるデザインを
「これまで米本団地とは関わりがなかったのですが、地元の農家さんやレストラン、職人さんとつくるというコンセプトに共感しました。それから、モダンにしすぎないというスタンスも面白い。普通の飲食店では、いかにスタイリッシュにするかを考えますが、NEIGHBOR FOOD PLACEは使う人たちのことを第一に考えていて」
NEIGHBOR FOOD PLACEの運営を手がける宮本亜佳音さんは、「お客さんに地域の人を知ってほしいし、地域の人の手が入ると、まるで自分が関わったお店のように愛してくれるんです」と話す。
「四角い形だとつまらないから曲線を入れようとか、内装にも木がふんだんに使われているので、床から生えているようなデザインにしようとか。せっかく手作業でつくるんだし、子どもからお年寄りまで多様性のある施設なので、少しずつ違いがあって、つくっている人が見えたほうがいいんじゃないかと考えました」
こうして完成した10台のパーテーションには、それぞれナンバリングが施され、どのパーテーションの隣に座りたいか、お客さんが選ぶこともできる。店頭に置かれた、地元産の新鮮な野菜が並ぶラックもまた、伊藤さんが手がけたもの。野菜を入れる木箱は、工房の目の前にある製材所に依頼し、鉄製の金具は民芸箪笥をイメージしている。
「ただドンと置いて、野菜を取ってくださいというのでは面白くないので、そのままディスプレイもできるし、サイドカーとして自転車に着ければ移動販売もできる。遊び心があってワクワクする、人が集まってくれるものがつくりたかったんです」
地域の人と関わりながら、地域のための何かをつくる
「開業した当時は、誰にも知られずひっそり鉄を打つ、それこそ童話に出てくるドワーフみたいな感じで(笑)、ようやく地元に関われるようになったのは、ここ2年くらい。ローカル番組や黒沢池のたたら祭りなどをきっかけに徐々に知ってもらって、ふるさと納税の返礼品や、京成バラ園の仕事ができるようになりました」
ちなみに、鍛冶工房 Metalsmith iijiは、勝田台ではよく知られる「トレインカフェ」(現在は閉店)の下にある。伊藤さんはイギリスで3年半修行をしたのち、地元で鍛冶屋を開きたいと考えて帰国し、2017年ここに工房を構えた。
「修行をしていた村は、人よりもアルパカや羊のほうが多いくらい。なのに村人が毎日ひっきりなしに、これをつくってくれないか、これを直してくれないかとやってくる。そういう地元密着のお店っていいなあと思ったんです」
最初のうちは「なんでアジア人の女の子が鍛冶屋なんてやるんだ」と好奇の目で見られることも多かったが、帰国をするときには村人全員が見送りにきてくれたという。
「そういう温かさも含めて、きちんと自分のベースがあるのって、すごくいいと思うんです。これからも八千代市で、地域の人たちと関わりを持ちながら、地域の人のための何かをつくり続けたいですね」
NEIGHBOR FOOD PLACEを訪れたら、店内に置かれたパーテーションから「0(ゼロ)」のナンバーが刻まれた1台を探してほしい。それは2022年の3月、団地内にある米本小学校が統廃合で閉校したことを受けて制作されたもので、実際に生徒たちが描いた絵をモチーフにしている。
「学校はなくなってしまったけれど、愛されていた証拠はここにあるよ、というメッセージを込めています。20年30年たって彼らが大人になって、連れてきた子どもに『この絵はパパが描いたんだよ』なんて話をするのもすてきだなって」
こんなサプライズを用意したのは、イギリスでの修業中に、200年前からある教会の風見鶏を直したときの記憶があったから。裏には最初につくった人のサインと歴代の修復士の名前が刻まれていて、親方からは「お前が日本に帰っても、この風見鶏はいつまでも残る。いつか子どもができたら連れてきて見せてやれ」と言われたそう。
「毎日いろんな人たちが、ちょっと時間が空いたからあそこに行こう、という感じで集まってくる、また来たいと思ってもらえるお店になったらうれしいですね。そう、おばあちゃんが縁側でお茶を飲むような感覚で」
そんな風景の一部になることをイメージしながら、伊藤さんは今日も鉄を打っている。
伊藤愛(いとうあい)
Metalsmith iiji 代表
1986年佐倉市出身。東京学館総合技術高校工芸科(現・東京学館船橋高校美術工芸科)にて日本の伝統的な技法を含む彫金技法を学ぶ。渡英後、ロンドン芸術大学からブライトン大学へ編入、夏期休暇中にグラインドフォージで見習いとして鍛治技法を学び、卒業後グラインドに戻り、テリー・タイハーストに師事。2011年に帰国し、結婚・出産を経て八千代市に工房を構え、Metalsmith iijiとして開業。